「ひょうたん島大爆発!?」
先週放送分のひょうたん島レビューです。詳しいあらすじや人物紹介については、NHKホームページや、ひょうたん島ガイドブックを参照してください。
グレートマジョリタンの国宝・マジョリンタワーに案内されたひょうたん島一行は、頂上の部屋で壁一面に貼りつけられたハートのトランプを見せられます。魔女たちの話によると、このトランプたちはかつて魔女たちに魂を売り渡した悪人たちのハートなのだとか。さらに魔女たちはツアーを終えた一行を、お茶とお菓子でもてなして温かくひょうたん島に送り返し、魔法の機械で風を起こして島を再び動かしてくれます。ところが、皆が観光を楽しんでいる間に、手下のワニが島中に電線を張りめぐらしていて、魔女たちはこの電線に強力な電力を送り込み、その威力でひょうたん島住民たちのハートを抜き取るという魔法の実験を計画中だったのです。
夜になるのを見計らって、機械のスイッチを入れてひょうたん島に大爆発を起こす魔女たちでしたが、いざ島に様子を見に行ってみると住民たちの姿は一人も見あたりません。実はひょうたん島の面々は、それぞれ「もしも魔法が使えたら」という思いにかられて居ても立ってもいられず、魔女たちに魔法を習いに行こうと夜のうちに海を越えてグレートマジョリタンに上陸していたのでした。

さすがの魔女たちも、ひょうたん島住民たちのポジティブ・シンキングとあまりの切り替えの速さにはついていけなかったようですね・・。そのおかげで全員命拾いしたわけですが、島を脱出した住民たちはそれぞれ別行動をしていたので、お互いに他のみんなが死んでしまったと思い込んでいます。自分本位のトラヒゲやガバチョはさておいて、子供たちまでが仲間の死に対してはことごとくドライな反応で、涙を流して悲しむのはかろうじてサンデー先生ぐらいのものです。こういったシーンはひょうたん島では割とよくある展開で、「お涙頂戴」的な描写はほとんど出てきません。死んだ人間を振り返るよりも、生きている自分たちだけで我が道を行く、という前向きで「現実的」な考え方です。


ちょっとしたことでクヨクヨしないのはグリム童話など昔のお話ではよくあるパターンですが、私はこんなひょうたん島の人々の態度を見ていると、中国中世代の庶民文学「水滸伝 」のお話を思い出します。水滸伝は悪政のはびこる世の中に大義を掲げて湖に浮かぶ居城・梁山泊に立てこもり、仲間を集めて理想郷の建設を目指す、というお話ですが、この小説の主人公たちも大義名分のためなら結構残虐なこともやってのけるし、仲間を抱き込んだり寝返ったりしてもいたって淡泊で、ひたすら目的に向かって前進します。時代も背景も大分違いますが、ひょっとするとひょうたん島は「資本主義以降」の新しいパラダイムを模索しながら試行錯誤を続ける実験場、現代版・梁山泊なのかもしれませんね。
そう言えば、「お金が全ての世の中」という設定も水滸伝とひょうたん島で不思議と共通しているし、周辺の異民族の勢力に押されて賄賂を払い続けていた南宋王朝の状況は、今日の日本と北朝鮮、またはアルカイダと先進諸国との関係に微妙に似ていると思いませんか・・?
風のまにまに号

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