大長編ドラえもん・テーマの変遷(4)

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dora_040424.gif「のび太とブリキの迷宮」はブリキのおもちゃたちが支配する惑星を冒険するお話、「のび太のねじ巻き都市冒険記」はドラえもんの道具「生命のねじ」で生命を与えられたぬいぐるみたちが暮らす街のお話、「のび太と銀河超特急」は22世紀の銀河系にあるテーマパークに遊びに行くお話です。これらの作品も、子供たちが見ていて思わず楽しくなるような遊び心に溢れていますが、プラモデルやミニ4駆のように現実世界のおもちゃを直接モチーフにした世界とはちょっと異なります。
これら3作品に登場するのは、人間に謀反を起こすロボット(ブリキのおもちゃ)に、「生命のねじ」で生命を与えられたぬいぐるみたち、人間に取りつくだけで自らは実体のない生命体「ヤドリ主」などです。それまでの大長編ドラえもんに登場してきたキャラクターと比べると、どことなく現実感が希薄な、バーチャルな存在に感じられるのは私だけでしょうか?

これらのキャラクターたちは、前回も触れたようにテレビゲームやCGでできたバーチャルペットなどに慣れ親しんだ、現代~未来の子供たちのために作者が用意した新しい遊びの舞台なのだ思います。だからといって直接「テレビゲーム」というモチーフを使うのではなく、「作り物」であることだけを強調して、何にでも置き換え可能なようにオリジナリティを極力排したキャラクター作りを配慮しているように感じます。今後もテレビゲームやネットワークを介した遊びのフィールドはどこまで進化・変容していくのか分かりませんが、作者はその先の末来まで充分通用するような世界観を提示できたと言えるのではないでしょうか。
同時に、そのような遊びの世界のデジタル化・バーチャル化に対する漠然とした不安や危機感が色濃く反映された、皮肉たっぷりの内容にもなっています。「ゲーム」という例えで言えば、アドベンチャーゲームのような初期の作品群と代わって、のび太やドラえもんたちが箱庭感覚で自分の世界を創っていくシュミレーションゲーム的なお話へと全体的にシフトしてきた大長編ドラえもんですが、現実世界と同等の力を持ってしまったバーチャル世界は、ひとたびその制御を失ってしまったり、目に見えない悪意に侵入されてしまうと、取り返しのつかない大惨事を引き起こしてしまう、ということを繰り返し描いています。「のび太の銀河超特急」に出てくる「ヤドリ主」や、「のび太の創世日記」に出てくる微少な昆虫人間たちはまるでコンピューターウィルスのようだし、「のび太のねじ巻き都市冒険記」で自らをコピー・増殖させてしまう悪人・熊虎鬼五郎はクローン人間を彷彿させます。
その他の後期作品「のび太と雲の王国」にしても、「のび太の創世日記」にしても、のび太のちょっとした遊び心から「自分の世界」を創ってしまうシュミレーションゲーム的なお話ですが、それがやがて地球や宇宙そのものの存在を脅かす大問題にまで発展してしまいます。バーチャルであれ、リアルであれ、自分で世界を創るということは「環境」と向き合うこと。ここに来て、作者の長年のテーマでもある「地球環境問題」が、子供の遊びの世界と融合し、末来への架け橋として結実するのです。
次回はこの「地球環境問題」に対するドラえもん独自のメッセージの移り変わりを振り返りながら、ひとまずこのシリーズを締めくくりたいと思います。

DVD「のび太とブリキの迷宮」
ビデオ「のび太のねじ巻き都市冒険記」
ビデオ「のび太と銀河超特急」

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多摩川のほとりでのんびり暮らす3人家族の日常と果てなき好奇心を綴ったブログです。

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