原爆忌

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すっかり忘れていたのですが、今日8月6日(日付をまたいでしまったので正確には昨日)は広島に原爆が投下された日でしたね。私自身は団塊世代を親に持つ、完全に「戦争を知らない子供たち」の世代なのですが、なぜか原爆=戦争に対する強烈な忌諱(きい)のイメージを原体験に持って育ちました。その経緯を物語る印象的な出来事を順番に羅列すると、以下のような感じになります。

  1. 小学校のときの担任の先生が、戦争反対・平和を愛する熱いタイプの人で、散々ヒロシマの絵本を読んで聞かされたり、冷戦=核戦争の恐怖について聞かされていた。
  2. 小学校の図書室にあった数少ない漫画の一つである「はだしのゲン」を完読。原爆でドロドロになったり、髪が抜けたりする人たちの描写を、気持ち悪いながらも読んで記憶に刻み込んだ。(夏休みにアニメスペシャルで放送していた「はだしのゲン」のアニメは、人が爆発するシーンが「AKIRA」並みにリアルで、ほんとに怖かったです)
  3. 高校生のとき、文化祭で美術部の展覧会(一人企画)を開催。「危険」をテーマにしたモダンアートっぽい展示物のメインを飾るのは、新聞紙と針金のハリボテで作った巨大な原爆(リトルボーイ)だった。
以上の経緯を振り返ってみると、一番大きな影響はやはり小学校のときの先生で、彼女から間接的に戦争の恐怖を体験し、一種の「戦争恐怖症」のような刷り込み(インプリンティング)を受けたのだと思います。原爆が落ちてくる怖い夢を何度も見たりと、悪い側面もありましたが、今になってみるとそのおかげで戦争に対する考え方を正しい方向に導いてくれたと思い、感謝しています。 その後大人になった私は、自分が原爆に対してこんなに怖いイメージを抱いているのに、「インディペンデンス・デイ」「アルマゲドン」のような映画を観る限り、アメリカの人たちは今だに原爆を「ちょっと強力な爆弾」程度にしか思っていないことがよく分かって、軽いショックを受けました。その辺の温度差は「ヒバクシャ」のようなドキュメンタリーを観ても明らかですね。それを考えると、例え間接的とは言え原爆の怖さを体験=理解している自分が、そのことを伝えていく行為にはすごく意味があるような気がしました。 その日、日本にただの爆弾ではなく、「人をドロドロに溶かしたり、何十年先まで後遺症を残す、とんでもない爆弾」が落とされたこと。そのことだけは忘れないようにしたいと思います。最後に、ヒロシマ・ナガサキの原爆で命を落とされた方、今もアフガンやイラク、その他の地域で劣化ウラン弾などの被害で命を落としている方々に、微力ながら追悼の意を込めて祈りを捧げたいと思います。

「ねん仏」とキャンドルにて、しばし合掌・・・
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多摩川のほとりでのんびり暮らす3人家族の日常と果てなき好奇心を綴ったブログです。

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