

大分前に上巻だけ買って読み終わっていたのですが、その後ときおり気が向いたときに書店に立ち寄ってもなかなか下巻が売ってなかったのでそのまま中断してしまっていて、最近になってようやく完読しました。この本を読む前に、オウム事件をめぐる村上春樹のルポタージュ「アンダーグラウンド」を読んで、「世界の終わり~」に登場する地底の住人「やみくろ」と、オウム事件の際に東京の地下で明るみになった「悪意」との不思議な共通点について語っていて、非常に興味を惹かれていたのですが、その辺の先見的な想像力には全く驚かされるばかりです。
「世界の終わりとハードボイルドワンダーランド」は、2つの異なるエピソードを交互に語っていくスタイルで、一方の「ハードボイルドワンダーランド」は作者の分身のような主人公が、現実世界の中で徐々にカフカ的日常に巻き込まれていくというお話、もう一方の「世界の終わり」の方は、四方を壁に囲まれた中世の町のような架空の舞台で繰り広げられる、幻想的な物語です。
前者の「ハードボイルドワンダーランド」の方は、無理矢理SF的なエッセンスを盛り込もうとして、なんだかW・ギブソンの「記憶屋ジョニイ」みたいなストーリーになってしまっているのですが、結局全ての謎が明かされることなく幕を閉じてしまうので、やや消化不良の感があります。それに対して、後者の「世界の終わり」の方は寓意・寓話に満ちた物語構造と、全編に漂う暗く予定調和的な雰囲気が、すごく完成された感じがして気に入っています。
どこからともなく「町」に流れ着いた主人公は、強圧的な「門番」に自分の「影」を奪われて町から出ることを禁じられてしまいます。最初は脱出を試みようと反骨的な意志を捨てずにいた主人公ですが、次第にこの町に住む人々が強い喜びを与えられない代わりに、決して深い苦しみや悲しみに苛まれることのない、逆説的なユートピア(=世界の終わり)にいることを理解します。その代償は「夢」を捨てること・・。
カフカというよりミヒャエル・エンデの短編小説に出てくるような、ドイツ幻想文学風とでも言うべき独特の世界観になってますね。それでも、クライマックスでの自分の影との対話の中で描かれる、激しい感情の吐露と、現状に立ち向かう強い意志の表明には、他の作品でも繰り返し描かれている村上春樹固有のテーマ性を感じさせます。
東京の地下で人知れず醸成されてきた悪意の塊である「やみくろ」たち。「ハードボイルドワンダーランド」編では、その凶悪な存在とのファーストコンタクトの部分しか描かれていないし、「世界の終わり」編でも強固な「町」という存在から軽やかな脱出を果たした者の存在を示唆していながら、その後の展開を描くことなく幕を閉じています。
どちらのエピソードも、まだまだ壮大な構想のほんの序章に過ぎない、という風にも受け取れるし、読む人にいろいろなテーマを投げかけているようにも感じられます。作者がこの作品の中で提示した問題と、今後どういった形で戦いつづけていくのか、注意深く見守っていきたいと思いました。
風のまにまに号

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