

今まで読んだことがなかった村上春樹の「ノルウェイの森」を読了しました。ちょうどデビュー25周年記念ということで、講談社文庫が新装丁版を刊行していたので、赤と緑一色にリニューアルされた綺麗な表紙が、季節柄もあってとても目を引きます。帯のキャッチコピーには「限りない喪失と再生を描く、究極の恋愛小説(上巻)」「激しくて、物静かで哀しい、100%の恋愛小説(下巻)」と書かれていました。
「喪失」ということに関しては、村上春樹の作品ではおなじみのテーマですが、私小説風のこの作品では、何を喪失したのかといった内容が、形而上学的なレベルに留まらず具体的に描かれているので、その点は分かりやすかったかもしれません。次にこの小説が「恋愛小説」かどうか、という点についてはなかなか判断がむずかしいところですが、恋愛に限らず人生にはどうにも思うように進まないこと、自分の理解の及ばない力で押し流されてしまうことが多々あると思います。そういう「せつなさ」とか「苦しさ」といった体験や感情をありありと思い起こさせてくれる作品だなぁ、というのが読み終わってみての私の感想です。
この悩みと苦しみの根源については、冒頭の「僕」と直子との会話のシーンで出てくる「野井戸」の話が全てを象徴してるような気がします。どこかで人知れずぽっかりと口を開けた穴が私たちの人生の行く先を待ちかまえていて、その小さな「罠」に捕らえられたら最後、決定的に損なわれてしまい、元に戻ることはできない。
この作品の全編を通して「僕」と直子が戦っていたのはこの「罠」との戦いだと思うし、レイコさんが直子と同じ療養施設に入ることになってしまった原因も、多愛のない「罠」によるものだったと思います。
真っ向から悪意を持って襲ってくる敵に立ち向かうのはそれほど難しいことではないと思うのですが、この「野井戸」のように無自覚にスルリと入り込んでくる罠から身を守るのは、並大抵の覚悟と忍耐がなければやり通せるものではありません。こういった孤独な戦いの未に「恋愛」や「絆」といった形で一筋の光が浮かび上がってくる、というのがこの物語の構造なので、生半可な意味で「恋愛小説」と言い切ることはできないと思うのです。
・・とまあ、そういった内面的な感想ばかり書いていてもつまらないので、今回はこの作品に隠されたちょっとした「謎かけ」の部分をピックアップしてみたいと思います。この作品の中ではしきりに世の中の人々を2つのカテゴリーに分けようとする言説が登場します。それは例えば「死者と生者」であったり、「正常な者と異常な者」、または「健康な人と病気の人」「革命を支持する人とそうでない者」・・などなど様々な枠組みが持ち出されてくるのですが、ここでもう一つ、この作品の登場人物たちを2つのグループに区別する大きな特徴があることに気がつきました。それは名前が漢字表記か、カタカナ表記か、ということです。
主人公の「僕(=ワタナベ)」や親友のキズキを始めとして何人かの人物はカタカナで書かれていますが、他の人物は普通に漢字で本名が書かれています。これは、もしかしたら意図的に何らかの区別をするために仕掛けられた記号のようなものなのではないでしょうか?参考までに作中の登場人物をカタカナ表記/漢字表記に分けて羅列してみましょう。
- カタカナ表記
- ワタナベ、キズキ、レイコ、ハツミ
- 漢字表記
- 直子、緑、永沢
このグループ分けが何を意味するのか・・正直なところあまりいい答えを導き出せずにいるのですが、例えば「振り回される者と振り回す者」という分け方はどうでしょうか?緑や永沢は言うまでもなく、周囲の人間を混乱の渦中に引き込む「台風の目」のような人物だし、直子の方もこと主人公との関係に限ればかなり相手を翻弄してきた、と言えなくもありません。キズキ、レイコ、ハツミの3人は、いずれも運命に翻弄されることで傷つき被害を被ってきた、という共通点でくくることができそうです。もっとも、単に作者の気まぐれでたまたまカタカナと漢字で書いただけかもしれませんが・・。
「謎かけ」と言えばこの作品、他にも気になる部分は色々ありますよね?37歳の「僕」が20歳の頃の自分を回想する形で書かれているのに、結局ラストシーンから現在までの間にどんなことがあったのか?ドイツには何をしに来たのか?といったことはほとんど語られてません。文中から推察される数少ないヒントとしては、「ドイツにはよく来るらしい」「その後ジャーナリストらしき仕事に就いていて、海外にはよく行くらしい」といった辺りですが、大学卒業後に外交官としてドイツに渡ったはずの永沢さんが、「おまえとは、またいつか出会う気がする」という「予言」を残していたことを考えると、主人公のドイツ行きの理由は永沢さんがらみかもしれません。うーん、色々と考えてしまいますね・・。
風のまにまに号

お初にお目にかかります。僕は最近ノルウェイの森を読みました☆
なるほど~名前の謎・・・鋭い視点だと思います。
確かに謎の多い小説ですよね!
レノンさん、はじめまして。
今ちょうど読んでいる「海辺のカフカ」の方は、やけに「種明かし」的な内容が多いので対照的なものを感じさせます。「ノルウェイの森」をめぐる謎に関しても、作者の執筆時には何らかの筋書きみたいなものはあったんでしょうね・・。
謎を謎のまま描くのも、また「言わぬが花」なのだと思いますが、ワタナベくんがその後どうなったのかぐらいは、純粋な好奇心として知りたいものですよね。