佐藤亜紀の「天使」を読み終えました。この小説はSF・ファンタジー的な要素もあるし、歴史小説としての醍醐味もあるし、何と形容すればいいのか非常に難しい作品なのですが、とりあえずは「20世紀初頭のヨーロッパを舞台にしたスパイ小説」だと思ってもらえばいいと思います。ブタペストの倉庫で浮浪児同然の暮らしをしていた少年ジェルジュを拾ったのは、陰謀渦巻く西洋諸国を股にかけて暗躍する諜報組織の「顧問官」でした。そのジェルジュが、やがてー人前の紳士・諜報員として成長していくというお話なのですが、一筋縄でいかないのはジェルジュを始めとした諜報員たちが、皆他人の心をの中を読み取ったり、偽の記憶を書きこんだりといった超感覚的な一種のテレパシー能力を持っているというところです。敵国のスパイにも当然そういった能力者がウヨウヨ出てくるので、ただの諜報治動といってもまるで違った様相を呈してきます。敵に心を読まれないように思考を閉ざしたり、そんな相手の一瞬の隙をついて頭の中から情報を盗み取ったり、寝ている間ですら「蜘蛛の巣」のように意識のアンテナを張り巡らして監視を行ったりと、常人の目には見えないレべルで緻密な攻防劇が繰り広げられていきます。そういったシーンを彩る、優美でありながらスピード感溢れる描写こそが、この作品の最も工キサイティングな部分と言えるでしょう。
そして、この作品のもうーつの魅力は全編に渡って極めて硬派で格式高い文体と語り口です。歴史小説でありながら時代背景やうんちく、登場人物の相互関係といった説明的な記述はほとんど出て来ないし、ひたすらに刹那的な主人公ジェルジュの主観のみを通して淡々と物語が語られていきます。なので、最初に読み始めた時はへッセかリルケの小説と見紛うような退廃的な青春小説の匂いを感じ取ったものです・・。はなから世界に絶望して育ったジェルジュは、人並外れた強い能力を持ちながらも、地位や出世には興味を持たず、ただ自分を拾ってくれた顧問官に対してだけは忠義を果たします。そんな怖いもの知らずなジェルジュの孤高の存在そのものが、さながら「天使」というわけですね。(出会った女性たちを次々に魅了していく、という意味でも・・)
3つ目の魅力は、やはり歴史小説としての面白さでしょう。絢爛なウィーンの宮廷シーンから始まり、極寒のペテルブルクに渡って地下活動を続ける革命家グループに潜入したり、オーストリアがジュネーブで協商側と単独講和をするための案内人を買って出たりと、ジェルジュが歴史上の様々な場面に二アミスしながら任務を遂行していく様が生き生きと描かれていきます。この辺の描写は、徹底した時代考証がなければ決して書けないものなので、詳しい知識のある人が読めばより一層楽しめる内容になっていると思います。
そんな胸踊る冒険のシーンも去ることながら、私が個人的に楽しめたのは、「都市生活者」としてのジェルジュたちの営みがリアルに描きこまれている点です。石炭の枯渇したウィーンの街角で、身を寄せ合うようにしてカフェに入り浸る姿。灯火管制の敷かれたパリの路上を黙々と歩き回る姿。そういったさりげない描写を通してこそ、実際に第ー次大戦前夜のヨーロッパにいるかのような気分で、想像をめぐらすことができるのです。
この徹底した時代考証に基づく物語世界と魅力的なキャラクター群は、続編の「雲雀」にもそのまま受け継がれていくらしいので、そっちを読む前にもう一度「近代西洋史」の勉強をやり直した方がいいかなぁ、と思っているところです。何より、この興奮と臨場感をまた味わえるというだけで嬉しい限りですね・・。
<番外編・「天使」とは・・?>
さて、この小説の「天使」という題名の意味についてですが、単純に考えるだけでも、先ほど指摘したように純粋で魅力的なジェルジュ本人を現す言葉、として説明が付きそうですが、私が最初にイメージしたのはまた別の意味合いです。神智学のシュタイナーによれば、「天使」とはわれわれ人間よりも高いレベルに進化を遂げた魂の存在たちのことで、よくスピリチュアル系の文献で「ハイヤーセルフ」と呼ばれている私たち人間のよリ高次に高められた自我、というのと近い概念だと考えられます。
そう考えると、この小説に登場するジェルジュを始めとした特殊な「感覚」を持つものたちの存在は、まるで人知を超えた目に見えないところで囁き合い、戦いを繰り広げている、という意味でさながら天使たちの交歓という風に見えなくもありません。いずれにしても、この卓越したアイデアと表現力があってこそ生み出される至高のイメージ世界ですよね・・。
風のまにまに号

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