随分前から流行っているらしい漫画「DEATH NOTE」を今さらながら読み始めました。主人公の夜神月(やがみ らいと)が偶然手に入れたのは、名前を書き込むと、その相手を必ず死に至らしめるという死神のノート。最初にこの設定だけ聞いたときは、どうせ高校生どうしが殺し合ったり、といった陰気な話なのだろうと高をくくっていたのですが、読んでみたらそのスケールの大きさに脱帽・・。天才的な頭脳を持つ少年・ライトは、そんな小さなことにはデスノートの力を使わず、世界中の罪人を葬り続けることで、目に見えない権力者として世界を手中に入れようともくろみます。そのためには、どんなに説明のつかない方法であろうと、自分が殺人者(=キラ)であることを警察に知られてはならず、巧みに正体を隠しながら普通の高校生としての生活を維持していくのですが、そこへ同じく正体不明の名探偵「L」が現れ、警察やFBIとともに執拗にライトの正体に迫ります。ドキドキハラハラする知的サスペンスという半面、主人公・ライトの歪んだ野望を達成するまでのサクセス・ストーリーを追った、希代のピカレスク・ロマンでもあるんですね・・。そこが最大の魅力でもあり、危険な香りがするゆえんでもあると思うのですが、いずれにしても少年誌に連載するにはちょっと高尚すぎる作品かもしれません。
<追記>
ようやくコミックス第8巻まで読破しました。(しかしこの漫画、どうして一冊読むのにこんなに時間かかるんでしょうか・・?)ネタバレになってしまうのであまり詳しくは書きませんが、前半部での「キラは誰か?」といった犯人当てをめぐるLとライトの頭脳戦、大企業の幹部の手に渡ってしまったデスノートを奪還するためLとライトが協力して捜査線を張る企業陰謀編、そして世界を股に掛けアメリカの特殊機関やマフィア組織を相手にデスノートの争奪戦を繰り広げるメロ・ニア編・・、と回を追うごとにスケールアップしていくストーリー展開は、いずれも緊迫度満点で息つく暇もありません。
何より、ライトが野望を達成してのし上がっていくに連れて、築き上げた地位と権力を誰かに暴かれてしまうんじゃないかとビクビクし始めてしまうのが、感情移入している私たち読者の心理です。そんな読者の心配を後目に、当のライトはLに続く新たな強敵メロとニアの出現にも臆することなく、さらなる知謀と策略でこれを迎え撃とうと身震いしているのだから手に負えません。メロとニアの名前は寿命を司る細胞「テロメア」から来ているんじゃないかな?と思うのですが、策を弄すれば弄するほど、無限にほころびを見せ始める「完全犯罪」の悲しい性(さが)を象徴しているのかもしれませんね・・。
始めから知力も美貌も財力も持ち合わせた主人公が、死神と契約することでさらなる力を手にする・・。この設定は、手塚治虫の遺作「ネオ・ファウスト」を髣髴させますが、「DEATH NOTE」の主人公ライトも、まるで悪魔に魂を売ったかのごとく血も涙もありません。自分の野望を実現するためだったら家族も恋人も平気で利用するし、自分の正体を追うものは悪人でなくとも容赦なく始末します。作中で死神レムが言っているように、その邪悪さと狡猾さはとっくに「死神を超えてる」のです。
それでも彼が野望に胸を躍らせ、知略を絞って不敵に企んでいる表情を見ると、ライト(=キラ)の信奉者であるミサでなくとも、惚れぼれするほどカッコよく見えてしまうのは、なぜなのしょうか・・?一つには、彼が人でありながら「神」になろうと挑戦している、果敢ではかない存在だからではないかと思います。どんなに特殊なノートの力を借りようとも、それを使いこなし、隠し通して、何人(なんぴと)も前に立たせないよう仕向けるのはライト自身の「頭脳」のなせる技。知能と策略のみで世界を相手にする姿は、悪人といえどもやっぱり見ていてカッコいいのです。
それにしても、「人を殺せるノート」という凡庸な題材から、ここまで壮大なサイキック・SF・スパイアクション・推理サスペンス・エンターテイメントを創造してしまうとは、まさに「アイデア勝ち」としか言いようがありませんよね。
風のまにまに号

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