さて、お使いを言いつけられた私たち2人は、船を降りて久しぶりの地上へと繰り出しました。こんな風に運河を越えて知らない町に降り立つのは、まるで絵本の「風のまにまに号」の一節を髣髴させるような、ワクワクと胸踊る体験です。5分ほど歩いて菜の花畑の広がる田園地帯を抜けると、大きな看板が現れ、Farm Shopの入口が見えてきました。Farm Shopの中にはガーデン用の木製家具を扱うお店や、カントリー調のキッチンツールが並ぶ雑貨屋さん、オシャレな画材やレターセットが詰まった文房具屋さんなど、どれもセンスのいいお店が平屋造りに連なっていました。ある店内の一角では、店主のおじさんが納品用のキッチンセットの図面を描いていたりして、そんなところにも田舎ながらに洗練された物作りの精神が感じられます。下北や自由ケ丘でよく見かけるオシャレな雑貨屋さんは、遠く離れた国に実在するこういったお店をモデルにしてるんだろうなぁ、と妙に納得させられる瞬間でした。
イギリス人は体が大きい割に小さなベッドで寝るのだ、と淳子さんから聞いてはいたのですが、とある家具屋さんではこじんまりしたベッドやソファばかりが並んでいて、まるで小人の国に迷いこんだかのような錯覚を覚えました。ただ、小さいながらに一つ一つのベッドや家具に施された緻密な装飾や意匠のこだわりは、日本の量販店に売っているものとは比べものになりません。こうした変わらぬスタイルと伝統こそが、イギリス人の心の豊かさの源泉なのではないでしょうか?


さて、そんなウィンドウ・ショッピングは程ほどに、目的のケーキを手に入れるため、Farm Shopの再奥部にあるカフェまで足を運びました。最初入口の木扉がしっかりと閉ざされていて、開店中かどうかもよく分からなかったのですが、私があたふたとしていると、すぐに2、3人の人たちが駆け寄ってくれて中まで導いてくれました。こういう所は、本当に日本とは大違いでイギリス人のジェントルな優しさにいちいち感動させられる部分です。ロンドンでも田舎でも、どこへ行っても旅行者である私たちがちょっとでも「困ってるオーラ」を発っしていると、俊敏に察知して助けの手を差し伸べてくれるのです。


入口は閉ざされていたものの、カフェの内部は地元の来店客で賑わっていて、温かみのある店内はとてもくつろぎやすそうな雰囲気でした。ケーキはカウンターの横に、ケースに入って並べられていたので、特に美味しそうなものを3種類選んでテイクアウトにしてもらいました。 ウォーキーズ号に戻ってたらふく昼食を食べた後は、買ってきたケーキを並べてデザートタイムです。バタークリームのケーキや、チョコレートのケーキ、フルーツの入ったパウンドケーキなど、どれも濃厚でありながら甘すぎず、とても美味しくいただきました。船の上で食べるデザートもまた格別ですね。


※運河沿いの牧場にいる牛たちも食後の一服・・。
さて、そんな風にのんびり観光と食事ばかりしていたわけではなく、この日も目標の地点までのクルーズと、水門の開閉を行わなければならなかったので、午後はまたもう一働きということで、私もしっかり水門係も務めていました。この日の宿営地、Lowsonfordという所の近くで通過したこの水門では、橋と水門の傍らに小さな「水門小屋」が建っていました。今では珍しいこの水門小屋には、絵本の「風のまにまに号」にも登場する門番が住んでいたそうなのですが、この水門小屋にはさらに特殊な点が・・。


かわいらしいドーム型をしたこの屋根は、なんと小屋の手前にある橋を建設するときに、橋のアーチ状の部分を形作るための「型」として使われた木枠なのだそうです。なんともリサイクル精神溢れる小屋ですが、そんな橋とともに生まれた小さな小屋に、最近まで一人のおじいさんが住んでいたのだとか・・。なんとも感慨深い話ですよね。

Lowsonfordの町に着いて、船をいったん係留した後、今夜は夫婦水入らずでこの近くのパブで夕食を食べることになり、淳子さんにそのパブまで連れて行ってもらいました。かなり田舎の方ではあるのですが、周囲には大きな邸宅のような家ばかりが並んでいて、辺りに一軒しかないこのパブも、一個のお屋敷のようなかなり巨大なスケールを誇っていました。ここまで来ると車での移動が主なのか、駐車場もかなり許容量たっぷりでした。


親切な淳子さんはビールと食べ物の注文までしてくれてから一人船の方に戻ったのですが、パブの場合はビールも全て前料金なので、チップという慣れない習慣を気にしなくていいのが一番いいところです。今回頼んだのはフィッシュ&チップスと野菜のパイ包み(?)。フィッシュ&チップスはホクホク柔らかでボリュームいっぱい、さらにグリーンピースがたっぷり乗っているので大満足でした。パイ包みの方は、始めて目にする魅惑の食べ物だったのですが、パイの中身はよく煮込んだ野菜と濃厚なソースが入っていて、思わぬ美味に出会えた感じです。ひょっとしてこれもイギリスの家庭料理だったりするのでしょうか・・?


パブでの優雅な夕食を終えて外に出ると、時間的にはすっかり夜なのに、空にはようやく夕焼けが広がり始めているところでした。ボートはすぐ目の前の対岸に止まっているのですが、橋は一箇所しかないのでぐるっと徒歩で回って先ほどの水門小屋の所まで迂回しなければなりません。綺麗な夕日に照らされた町や運河を眺めながらしばし散歩して、船に戻ったらまたこの日も早々と寝床に就いてしまったのでした。(続く)

風のまにまに号



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