Bunkamuraのシアターコクーンで上演中の「ひばり」を観てきました。松たか子主演・蜷川幸雄演出というビッグな顔合わせが話題のこの舞台ですが、私にとっては実はちゃんとした演劇を見ること自体はじめてに近い経験だったので、色んな意味で刺激的な一日となりました。それでも、この舞台の題材となっているジャンヌ・ダルクについては、以前興味を持って本を読んだりしたこともあったので、ストーリーについては空で言えるほど熟知していたのです。ドラマ等で見ていて、前からその存在感が気になっていた松たか子さんですが、やはり実際の演技を見ても誰よりも凛としていてすごい迫力・・。ともするとシリアスで悲壮なお話になりがちなジャンヌ・ダルクのテーマを、持ち前のキャラクターと演技力で、たちまちユーモラスで明るい爽快劇へと変えてしまう瞬間は、さすがという他ありません。そして、脚本自体の持つトリックとどんでん返しによって思わぬ結末を迎えるラストシーンも秀逸で、一味違ったジャンヌ・ダルク劇となりました。松たか子演じるジャンヌ・ダルクは、空を飛ぶひばりのように、その運命からも軽やかに飛び去ったのかもしれません・・。
安藤忠雄の光の教会を思わせる、十字型の光のスリットが入った荘厳な舞台セット。壇上に一人佇むジャンヌを取り囲むようにして、裁判官や司祭、その他物語の登場人物たちがぐるりと腰を下ろし、ただ粛々としているというのでもなく、思い思いにくつろいでいるのが目新しい演出でした。実際の裁判で裁かれるジャンヌは、「事件」のあらましを次々と証言することを求められるのですが、この舞台では証言する代わりに物語をみんなで演じてみよう、という趣向をとっています。
ショートヘアに質素な修道服、というより普通のパーカーとジャージ姿にしか見えない松たか子の衣装は、ほんとに小さな男の子のような感じです。それがコロコロと実によく表情を変えて、神にとり憑かれた狂信的な少女になったり、大の男を手玉に取って意のままに操る道化になったりと、多彩な演技で観客を魅了してくれます。声もよく通るし、早口なのにセリフに無理はないし、まさしく女優・松たか子の『役者魂』をめいっぱい見せつけてくれる、そんな大舞台でした。
一番面白かったのは、ジャンヌが領主ボードリクールや王太子シャルルを説得するシーン・・。こういった密室での一対一のやり取りは、当時の裁判記録にも詳しい情報が残っていないので、創作のしがいがある部分だと思うのですが、確かに人を一人『説得する』というのは、狂信者なだけでは務まらない芸当です。松たか子演じるジャンヌ・ダルクは、たちまち相手のウィーク・ポイントを見抜いてそれを逆手にほめ殺し、「男をその気にさせる天才」といった別のカリスマ性を持たせることに成功しています。
ジャンヌ・ダルクの面白いところは、神のお告げを聞いたと言っているだけで、自分では何一つ奇跡を起こせないことです。それでも、みんなジャンヌの言うことを信じて(信じたふりをして)、結局フランス中が「その気になっていた」のだから、それこそが唯一の奇跡だったといえるのかもしれません。そんな祭りの後始末としての魔女裁判は、信じたいのに信じきれない根源的なジレンマを抱えており、キリスト教のお話のようでいて、実は無神論者の日本人にぴったりのテーマなのではないでしょうか?
松たか子演じるジャンヌ・ダルクが、それだけの『説得力』を持てるか否かは、ぜひ実際に舞台を見て、その目で確かめてみてください。最後に心に残ったお気に入りのセリフをいくつかピックアップして、ひとまず今回のレビューを締めくくりたいと思います。
あなたはなんて頭がいいの!今言ったこと全部あなたが考えたことなのよ
私もほんとは怖いのよ ただ、怖くないふりをすることにしたの
人間のすごいところは、怖いことが起こる前に先に怖がってしまえるところよ
<関連ページ>
・お見合い結婚
・もう一つのジャンヌ・ダルク(1)
・ジャンヌ・ダルク - Wikipedia
風のまにまに号

1ヶ月も前に見たこの作品ですが、当日は感激で涙が出ていました。今はジャンヌの「人間のすごいところは怖いことが起こる前に怖がってしまえることよ」というセリフが頭の隅に残っています。人間のもつ恐怖や不安をどう拭い去るかは大きなポイントですよね。私たちは恐怖や不安から間違った選択をすることがあるからです。ジャンヌのすごいところは奇跡を信じそれに向かっていったところだと思えます。彼女の魅力が今も語り継がれるのはその純粋なパワーだということを改めて感じました。