綾辻行人の館シリーズ集大成「暗黒館の殺人」を読みました。結局文庫版が出るまで首を長くして待ってしまったのですが、文庫本にしても全4巻というボリュームにまず圧倒されてしまいます。『館』の外観が描かれたおなじみの表紙装丁も、今回から喜国雅彦さんにバトンタッチされたそうですが、相変わらずのシュールなテイストを踏襲しつつも、4巻構成のため様々な視点・アングルから『館』を眺められるのが嬉しいポイントです。さて、今回の舞台は熊本の山深い湖上に佇み、光を厭うように全面黒塗りにされたという「暗黒館」。どうしてそんな館が建てられたのか?という謎も尽きないのですが、立て続けに起こる殺人の謎と相まって、読者を暗黒のヴェールへと誘います。作中に張られた伏線や、大がかりなトリックも一つや二つではないのですが、これまでの館シリーズを読んできた読者には決して解けない謎ではないこともまた事実・・。過去の作品を総復習しながら、じっくりとこの『難攻不落の謎』に立ち向かってみてはいかがでしょうか?

前作の「黒猫館」から数えると、足掛け12年という歳月を経て世に出されたこの作品、おなじみの江南青年が登場する導入部が語られた下りから、往年のファンであれば思わずスタンディング・オベーションを送りたくなるに違いありません。ところがこの江南青年、その後ある事情から早々と表舞台から退場してしまい、物語の語り手はもう一人の館の客人である「中也」と呼ばれる青年にバトンタッチされてしまいます。
東京の大学に通う「中也」と、その友人で暗黒館当主の跡取り息子である玄児。物語はこの2人を中心に、謎に包まれた館の真相に迫るべく、少しずつ少しずつ闇の深奥に近づいていきます。面白いのは、玄児が半ば確信犯的に「中也」を暗黒館の世界に導き、巻き込もうとしているのに、全ての謎を種明かしすることはせず、常に謎を小出しにして、個々の解明を『後回し』にしてしまうことです。
暗黒館とその住人たちが抱える秘密とは一体何なのか・・?「中也」の目を通して館を訪れる読者は、その疑問にやきもきされながらも、次々に現れる新たな謎や、奇妙な登場人物たちに翻弄され、館という名の広大な迷路をさまようことになるのです。『謎を謎のまま積み上げる』・・これこそが、作者がこの作品で到達した新生・館シリーズの真骨頂といえるのかもしれません。
約2600枚に及ぶ長大な物語を読み進めるうち、はじめは「早く真相が知りたい!」と先を急いでいた自分の心が、次第に謎そのものの魅力に取り込まれていき、「全ての謎が解けるのが恐い、勿体ない」とさえ思えるようになってくるのです。こういうアンビバレントな気持ちに駆られてきたら、あなたも暗黒館の魔力に取り憑かれたよい証拠・・。そして、その感情は玄児に謎をかけられ、謎を独占されることで、陵辱的な気持ちを覚えつつも、同時にどこか甘美的な響きを感じざるを得なかった「中也」の体験とも重なります。
住人たちによって行われる妖しげな儀式と人魚信仰、中庭に不気味な影を見せる墓所「惑いの檻」、そして館全体の異形なるその姿・・。そういった一連のオカルト的なモチーフに、最後には一応の理路整然とした説明を与えた上、そこで起こる数々の殺人事件についても、トリックと動機をキッチリと解明してくれるのですが、それで全ての謎が霧散するかというと、そういうわけではなく、エンディングに至ってまた新たな謎がニョッキリと首をもたげてしまうのです。
しかし、これは決して後味の悪い『謎』ではなく、江南青年のセリフを借りるならば「立ち入るべきでない謎」「謎のままにしておくべき謎」なのであって、そうした解かれ得ぬ謎を抱えたまま、ラストシーンで霧に包まれるように表舞台から消えていく『館』の姿は、読者に得も言われぬ心地よいカタルシスを与えてくれることでしょう。そんな終わり方まで含めて、館シリーズの集大成でありながら、完全なニュータイプとも言えるこの作品、どっぷりその世界観にハマるにはもってこいの大長編でした。
もう一つのお楽しみとして、この「暗黒館」には過去の館シリーズのモチーフが随所に散りばめられているので、じっくり探しながらジグソーパズルのように楽しんでみるのもまた一興・・。モチーフの引用はあからさまなものから、かなり寓意的なものまで様々なレベルに及ぶので、人それぞれの解釈が成り立ちそうです。ひょっとしたら、あなただけのパズルのピースが見つかるかもしれませんよ。
風のまにまに号

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