コーエン兄弟の最新作「ノーカントリー」を観てきました。偶然大金を手に入れた男が、それを追う非情な殺人鬼から逃れるため、必死の逃亡劇を繰り広げるというストーリー。過去の作品では、コメディやファンタジーなど、いつも独特の世界観を作り出すことで定評のあるコーエン兄弟ですが、今回の作品で描かれているのは徹底されたリアリズムの世界・・。荒涼とした砂漠で始まる事件の発端から、夜のモーテルを転々としながら、じっと闇に身を潜める攻防戦など、全編が息つく暇もないほどの、張り詰めた緊迫感に満ちています。普通にアクション映画・サスペンス映画として見ても、第一級の価値があるクオリティのこの作品ですが、何より特筆すべきなのが不気味な殺人鬼の存在。地味で変な髪型なのに、ひたすらに冷酷で、何を考えているのか分からない怖さがあります。彼の仕草や振る舞いには、思わず笑ってしまう可笑しみがありながら、トミー・リー・ジョーンズ演じる老保安官のセリフにある通り、「笑ってはいけない」という現実感こそが、この作品に込められた真のテーマなのかもしれません。
近年の作品では、運命に翻弄される人間の可笑しみを描き、ことさら「見えざる神の手」といったものを巧みに映像化してきたコーエン兄弟ですが、今回の作品ではその辺のテーマはどのように描かれているのでしょうか?トミー・リー・ジョーンズ演じる老保安官は、心なき犯罪が蔓延する現代の世の中を嘆き、『神の不在』を訴えます。そして、冷徹な殺人マシーンというより、自分だけの『法』を持ち、誰からの支配も受けつけない殺し屋シガーは、その力を欲しいままに行使しているように見えます。果たしてそこに希望はないのでしょうか・・?
ところが、大金を手に入れたモスを主人公として進行していたかに見えたストーリーが、ある一点を境にちょっと違った視点で見えてきます。強いて言えば、この映画の主人公は誰でもなく、こういう出来事が起こっているこの国=この世界といった感覚・・。これは言ってみれば、この映画の立ち位置が『神の視点』に近いということかもしれません。そして、全ての出来事に常に一歩引いた距離から寄り添っている老保安官の視点こそが、最も『神』的な視点に近いように感じられました。
もう一つ対照的だったのが、目の前の凶行にひたすら諦観と憂いをにじませる保安官に比べて、殺人鬼に対して好戦的に立ち向かい、自分の勝利を決してあきらめない、モスの信念の強さです。ここには、ベトナム戦争時に出征した、という経験から来る自信も現れていると思うのですが、労保安官とは異なる『世代』を象徴するステータス、という風にも受け取れます。現代を象徴する、不気味な実体なき悪意と、二つの異なる世代の価値観を持った男たちとの対決・・。そういった視点で見るのも、一つの切り口として面白いかもしれませんね。
風のまにまに号

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