石田衣良の「ブルータワー」を読みました。末期の脳腫瘍を患い、生きる希望を失っていた瀬野周司は、ある日激しい頭痛の痛みとともに、意識だけが200年後の未来にタイムスリップしてしまう。救いのない絶望の淵から、夢のようなテクノロジーが実現する未来社会へとひとっ飛びするシーンは、読んでいるだけで胸踊るものですが、この世界でも別の種類の絶望が待ち受けているのでした。高度2キロメートルの巨大な搭の上に、厳格な階層社会を築く未来人たちは、常に下層市民によるテロの脅威と隣り合わせで暮らしていて、さらに搭の外には人類を絶滅の危機に追いやった殺人ウィルスの魔の手が・・。9.11テロにヒントを得たというこの作品、重いテーマでありながらサワヤカで軽快に読み進められるのは、登場人物たちのキャラクターがしっかりしていて、いずれも親しみやすい魅力に溢れているためでしょう。著者としては珍しいSF作品ですが、決して違和感を感じさせないのは、常に見慣れた風景の中に『異界』を描いてみせる、著者の想像力の賜物ではないでしょうか?
9.11テロからイメージを広げ、石田衣良が描き出した「青の搭」は、極めて端的な世界の縮図です。「世界が100人の村だったら」ならぬ、「世界が一本の搭だったら」と仮定してもらえば分かりやすいのですが、上に行くほど裕福な特権階級が、限られた富と居住スペースを独占し、人口の大多数を占める底辺の下層市民たちが搾取されている、という徹底したヒエラルキーが形成されています。
私たちの住む現代社会と同じように、歪みを抱えた世界のあちこちで、内紛や自爆テロといった争いの火種は尽きないのですが、「ブルータワー」の世界で9.11テロのような攻撃が起こったら、そのまま支配層の足元さえ揺るがしかねない、ということがよく分かります。搭=世界なのですから、搭がポッキリ折れたら世界が即崩壊というわけですね・・。
著者の想像力は、貿易センタービルが崩壊したときにも、目には見えないけれど、これと同じような作用が世界にもたらされている、ということを気付かせてくれます。そして、世界を崩壊への一途から救うためには、憎しみの連鎖を解き放つしかない・・。読者にこの重大なテーマと真に向き合ってもらうために、著者は地獄絵図のようなディープな未来ツアーを用意したのではないでしょうか?
そんな旅の道連れとなるのが、頼もしくも愉快な仲間たちばかりな点が、救いといえば救いなのですが、屈強なボディーガードに、クールな秘書、純真でまっすぐな少女など、すべて現代の周司の職場の同僚とそっくりさんばかりなのが、どこかおかしくも感情移入しやすい仕掛けとなっています。その他、若き少年テロリストのリーダーや、巫女を思わせる老女・ミコシバ、曰くありげな伝説を語る吟遊詩人など、脇を固める登場人物たちも個性豊かで、ファンタジー小説としての本書の魅力を盛り上げています。
そんな、いずれ劣らぬ存在感のキャラクターたちの中でも、最も愛すべきなのが、周司の唯一無二の相棒となる人工知能のココの存在です。なぜか現代での周司のペットと同じ猫の姿をしているのですが、人類の知恵と歴史をすべて詰め込んだ「パーソナル・ライブラリアン」であるココは、滅びゆく未来社会の中で、人類に残された最後の希望といえる象徴なのかもしれません。
ブルータワー最上階のテラスで、賑やかなパーティに疲れた周司が、眼下に広がる荒野を見下ろしながらココと語り合うシーンが、私のお気に入りなのですが、人工知能なのに妙に人懐っこく、表情豊かなココとの会話は実に印象的です。そんなココと周司の友情が、どんな結末に発展するのかは、読んでからのお楽しみ・・。ラストは「アキハバラ@DEEP」を彷彿させるちょっと破天荒な展開ながら、「プログラムにも血は通うはず」という著者の無邪気な信念を感じさせ、好もしい気分にさせてくれます。自分も無味乾燥なPCなんかじゃなくて、ココみたいなパーソナル・ライブラリアン(PL?)が欲しいなぁ・・。
風のまにまに号

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