幸せはシャンソニア劇場から

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movie091008-1.jpg2005年に大ヒットした「コーラス」の製作ジャック・ぺランとクリストフ・バラティエ監督の最新作で、2008年フランスで130万人動因の大ヒットを記録した映画「幸せはシャンソニア劇場から」を観てきました。1936年のパリ下町の小劇場を舞台に繰り広げられるこの映画、観る者をたちまち壮麗な別世界へ連れて行ってくれるのが魅力です。石畳に雪が降り積もる年末、劇場では1936年のカウントダウンが行われ大盛り上がり・・。そして、アコーディオンを弾きながらパリの街角を練り歩く少年の目線を通して、遠くにエッフェル塔を見渡すことができます。そんな華やかなシーンとは裏腹に、『つぎはぎ』のようにゴテゴテと小さな建物がひしめく町並みは、どこかこじんまりしていて、私たちが憧れを抱く「パリ」のイメージとはどこか違う気がしないでしょうか?当時のフランスは、世界恐慌に端を発した社会不安の真っただ中で、街角では日夜労働者のストや暴動が起こり、隣国のドイツではファシズムの足音が聞こえていたのです。そんな時代に真の主人公といえるのは、下町で貧困に苦しんでいた労働者に違いない・・!それが、この映画に一貫したテーマだといえるでしょう。今の時代の日本人にこそ、生きる元気と明るい希望を与えてくれる作品だと思いました。

経営不振で借金の形に入れられ、閉鎖されてしまったパリのシャンソニア劇場。長年この劇場で幕引きを勤めていたピゴワルは、妻にも逃げられ、失業したために養育の資格なしと言われてしまい、息子とも離れ離れになってしまいます。どうしても愛する息子ともう一度暮らしたいピゴワルは、仲間たちと劇場を「占拠する!」と言い出し、自分たちの手で劇場を再建し、収入の道を見出そうとするのでした。

ところが、なんとか再オープンにこぎつけたものの、芸人仲間・ジャッキーの物真似は全く受けず、寄せ集めの芸ばかりで観客の人気を取り戻せるのか?と早速先行きが危ぶまれる始末・・。そこで、アナウンス嬢として雇った娘・ドゥースに歌を歌わせたところ、その類まれなる美声に観客が釘付けになり、たちまち劇場の人気者として一大スターの仲間入りを果たすことになります。

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この歌姫・ドゥースを演じる若干20歳の新人女優ノラ・アルネゼデールの現代的な美しさが、ショーの舞台裏を彩るドロドロしたメロドラマと微妙にマッチして、作品に花を添えています。また、ピゴワルの息子・ジョジョ役を演じる名子役のマクサンス・ペランも、その異常なまでの可愛らしさで、観る人を虜にすること間違いありません。それでも、この映画を通して観たときに、歌姫・ドゥースや、かわいいジョジョは、必ずしも主役といえるほどにクローズアップされていないのです。

象徴的なのは、ドゥースの歌声をラジオで聴いた通称・ラジオ男が、20年間引き篭もっていた家を出て、劇場の指揮者兼作曲家として復帰するシーンです。それまでなんとなくパッとしなかったシャンソニア劇場のショーが、ラジオ男の演出したミュージカル仕立ての台本で様変わりし、一躍観衆の人気を集めます。そして、ドゥースの歌声がどんなに魅力的で美しかったとしても、それを本当に生かせるのは、彼女に合った曲を作ることのできる優れたプロデューサーだけ、ということなのでしょう。

そういった視点で観ると、この映画にはあえて特定の主人公は存在せず、時代と共に生き、ちょっとした奇跡の生き証人となった「シャンソニア劇場」そのものが主人公だったのかもしれません。そして、誰よりも私たち観客が親近感を覚えるのが、これといった取り柄もない形だけの支配人・ピゴワルです。劇場の再建に夢を膨らませる仲間たちに対して彼が言ったこんなセリフが印象的でした。『夢はおまえたちに託した。俺に必要なのは定職だ。』

ただ愛する息子と一緒にいたいだけなのに、親子愛→養育→雇用問題へと発展してしまうところが、どことなく現代の社会問題とシンクロしている気がするのですが、私も子を持つ親の立場になって観ると、ピゴワルの息子に会えない哀しみがヒシヒシと伝わってくるようでした。コロコロと政権が変わる30年代のフランスの情勢も、今の日本とあまりにも似ていて気になりますが、夢にしがみついた失業者・ピゴワルは果たして可愛い息子と再会できるのでしょうか・・?そんなクライマックスをぜひ楽しみにご覧になってみてください。

<関連サイト>
映画「幸せはシャンソニア劇場から」オフィシャルサイト

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多摩川のほとりでのんびり暮らす3人家族の日常と果てなき好奇心を綴ったブログです。

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